【飾り山笠】 十七番山笠 博多駅商店連合会

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表標題

奇襲一ノ谷合戦(キシュウイチノタニノカッセン)
                
人形師

生野 四郎

内容説明
『源義経』幼名 牛若丸。源義朝の九男で父の死後、奥州藤原氏に身を寄せて、富士川の合戦(一一八〇年)の後、兄の頼朝に合流し武家政権樹立のため平氏討伐に向かいました。
頼朝から西国遠征の指揮を任された義経軍は、宇治川・栗津の源氏同士の争いの間に西国から勢いを盛り返してきた平氏と一一八四年生田口(現在の神戸市中央区)で対峙し、源の範頼の麾下の畠山重忠らが、数万騎の平家軍を相手に戦いの端緒を開きました。世にいう一ノ谷合戦の火蓋が切って落とされたのです。一方、西の一ノ谷(現在の神戸市須磨区付近)の峻険な裏山に陣取った義経隊は戦機と見るや近習の武蔵坊弁慶を引き連れ、急峻な崖を一気に駆け下り、平氏の陣の背後を突いて大混乱に陥れたといわれています。この戦いで平家側の平忠度は討死。若干十七歳の平敦盛も気丈に立ち向かいましたが、熊谷直美との一騎打ちに敗れ討死したと伝えられいます。この戦で平氏は再び敗走、屋島の戦いを経て、壇ノ浦でついに滅亡するに至ります。

 

 

見送り標題

祝 九州五祭文化遺産登録(シュク キュウシュウゴサイブンカイサントウロク)
                
人形師

田中 勇

内容説明
一九九八年の放送開始から二十年を迎える。福岡の朝の情報番組TNCの『ももち浜ストア』。『福岡・九州そして全国の最新情報ならおまかせ』というこれまでの番組DNAはそのままに、もっと視聴者の皆さまに愛されるように番組内容をリニューアル!ロゴデザインも一新、大谷真宏および新垣泉子MCを中心に毎日見て頂く番組を目指し、気持ちも新たに様々な出来事を『早く・わかりやすく・楽しく』をお届けします。
今回は昨年十一月にユネスコ無形文化世界遺産登録された全国三十三行事の内、九州の五祭の代表的山・鉾をこの『十七番飾り山笠』で紹介いたします。
『博多祇園山笠』舁き山・・・鎌倉時代、疫病封じのため『聖一国師』により始まったとされ、七七五年の歴史がある櫛田神社への奉納神事で七月一日から十五日迄博多の街が山笠一色に染まる。
『戸畑祇園大山笠』・・・江戸時代後期、戸畑村の疫病封じのため須賀大神に平癒祈願を行ったところ終息し、その祝いに、山笠を作り奉納したことに由来すると伝えられる。ハイライトである土曜の夕方、昼の飾り山笠から提灯大山笠に変身、迫力満点の動く光のピラミッドの競演となる。
『日田祇園 曳山』・・・日田市の夏祭りで、豆田町の八坂神社、隈町の八坂神社そして竹田町の竹田若八幡宮で催行される曳山行事を含む厄よけ神事で三百年以上の歴史を有する。絢爛豪華な九基の山鉾が祇園ばやしの調べと共に町を巡行する。
『唐津くんち 曳山』・・・唐津市の唐津神社の秋季例大祭で十一月に鯛や兜、獅子などの姿をした曳山十四台がはやし方の奏でる曲雅なリズムに合わせて『エンヤ、エンヤ』の掛け声とともに城下町を巡行する。
『八代妙見祭の神幸行事』・八代市八代神社の秋季大祭、八代妙見祭のメイン行事として十一月に『お下り・お下り』の神幸行列が行われる。中世・相良氏時代にその原形ができ、江戸時代に町衆文化と融合し、発展。『ガメという愛称の亀蛇・笠鉾・花奴・獅子』などが連なる壮大な行列が繰り広げられる。
 
総務:熊本 章一

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