平成二十七年度 博多祇園山笠

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【舁き山笠】 六番山笠 恵比須流

<<舁き山笠紹介 大鵬一擧九萬里(タイホウイッキョスキュウマンリ) 亀田 均 大鵬は想像上の巨大な鳥のことで、もとは鯤という巨大な魚が転身して鵬という鳥になったと荘子・逍遥遊篇にあります。鵬が南の果ての海(南冥)に飛び立つとき、一挙に九萬里の高さまで舞い上がると言われています。 天変地異の続いてい...

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【舁き山笠】 七番山笠 土居流

<<舁き山笠紹介 征夷大将軍頼朝(セイイタイショウグンヨリトモ) 中村 信喬 源頼朝(みなもとのよりとも)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍である。河内源氏の源義明の三男として生 まれ、父・義朝が平治の乱で敗れると伊豆国へ流される。伊豆で以仁王の令旨を受...

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【飾り山笠】 番外 櫛田神社

<<飾り山笠紹介 呑取名槍黒田誉(メイソウノミトルクロダノホマレ) 亀田 均 烟満国聖帝御世(ケブリハクニニミツヒジリノミカドノミヨ) 今井 洋之 

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【飾り山笠】 十七番山笠 渡辺通一丁目

<<飾り山笠紹介 至心一到和平基(シシンイットウワヘイノモトイ) 中野 親一 大阪冬の陣において戦功をたてた、若干二十歳の木村重成は、和平交渉の使者として家康と対峙し、その堂々とした若武者ぶりは周囲を圧倒した。自らの死を覚悟し兜の中に香を薫き込め出陣した 大阪夏の陣において華華しい討死を遂げた 愛...

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【飾り山笠】 十六番山笠 天神一丁目

<<飾り山笠紹介 美の国日本(ビノクニニッポン) 中村 信喬 四方を海に囲まれた日本は古来、外から入って来る文化を日本独自の文化とうまく融合させ、花開かせてきました。仏教伝来は、その象徴です。唐の初め、三蔵 法師は孫悟空、猪八戒、沙吾浄を伴い、仏法を求めてインドへ向かいました。苦難の旅路の末、中国...

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【飾り山笠】 十五番山笠 博多リバレイン

<<飾り山笠紹介 祝博多乃連獅子(イワイハカタノレンジシ) 置鮎 琢磨 標題 「祝博多乃連獅子」(いわいはかたのれんじし)「連獅子」は、勇壮華麗な代表的な御祝儀舞です。本年度の博多祇園山笠の一番山笠の大黒流を祝いこの 標題と致しました。獅子には、我が子を千尋の谷に突き落とし、駆け戻って来た強い子だ...

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【飾り山笠】 十四番山笠 新天町

<<飾り山笠紹介 竺紫乃雄磐井君(ツクシノユウイワイノキミ) 亀田 均 六世紀前半、北部九州で八女を本拠にする筑紫国造(筑紫君)磐井の軍と、継体天皇の命をうけた物部大連麁鹿火の率いる大和王朝軍が一年有余にわたって激突 した。そして継体二十二(五二八)年冬十一月。場所は筑紫の御井郡(久留米)軍旗と軍...

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【飾り山笠】 十三番山笠 ソラリア

<<飾り山笠紹介 風雲桶狭間(フウウンオケハザマ) 置鮎 正弘 風雲桶狭間 尾張の小大名・織田信長が東海の雄・今川義元の大軍を破る大金星をあげ、戦国時代の大きな転機となった、日本の歴史上有名な戦い「桶狭間の戦 い」。永禄3年(1560)5月19日、正午頃、中嶋砦の前衛に張り出していた佐々政次、千秋...

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【飾り山笠】 十二番山笠 川端中央街

<<飾り山笠紹介 真田十勇士(サナダジュウユウシ) 中野 親一 真田幸村は、真田昌幸の次男であり有名な武将である。江戸時代初期の大坂の陣では豊臣方の武将として活躍し、特に大坂夏の陣では、三千五百の寡兵を持って 徳川家康の本陣まで攻め込み、家康を追いつめた。後世に江戸幕府・諸大名家の各史料にその勇将...

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【飾り山笠】 十一番山笠 キャナルシティ博多

<<飾り山笠紹介 槍寿祝宴(メイソウコトブキノシュクエン) 置鮎 琢磨 黒田長政の使者として福島正則のもとに出向いた家臣の母里太兵衛友信。酔っていた正則は、固辞する友信に「この大盃を飲み干せば、何でも褒美を取らす」と言った。友信は見事に飲み干し、正則が豊臣秀吉から拝領した名槍「日本号」を貰い受けた...

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【飾り山笠】 十番山笠 博多駅商店連合会

<<飾り山笠紹介 関ヶ原長政武勲の誉(セキガハラナガマサブクンノホマレ) 生野 四郎 「黒田長政」(くろだ・ながまさ1568~1623)黒田孝高(通名・黒田官兵衛、号・如水)の嫡男であり、筑前福岡藩の初代藩主。父・如水は豊臣秀吉の 軍師として活躍し、策謀で名を上げたのに対し、長政は父譲りの調略の才...

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【飾り山笠】 九番山笠 福岡ドーム

<<飾り山笠紹介 熱一心若鷹(ネツイッシンワカタカ) 置鮎 琢磨 今年のソフトバンクホークスは、また今までと違う戦力で進め方も新監督さん面白かバイ。私たちも今年で七七四年を迎える博多の文化伝統の祭「九番山笠」が 無事できて、ホークスファンみんなで「オイサー」って、応援するバイ そして目指すもんは、...

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【飾り山笠】 八番山笠 上川端通

<<飾り山笠紹介 鞍馬山(クラマヤマ) 田中 比呂志 鎌倉時代初期、遮那王(後の牛若丸)は、七歳の時、討死にした父、源義朝が縁のあった鞍馬山の別当、阿闍梨の元に預けられた。遮那王は、学問・武芸に精進 し、その性質、器量といい比叡山延暦寺にも三井寺にも、これほどの稚児がいるとは思えないと称された。鞍...

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【飾り山笠】 六番山笠 千代流

<<飾り山笠紹介 奮戦真田丸(フンセンサナダマル) 川崎 修一 徳川家康が豊臣氏と最後の決戦に挑んだ大阪の陣の直前九度山を脱出大阪城に入った真田幸村、大助父子 慶長十九年冬、堅固で知られる大阪城で唯一弱点と見られる南側に小城真田丸を築いた。これに徳川軍をおびき出して武略、知略をめぐらして散々にこれ...

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【飾り山笠】 四番山笠 中洲流

<<飾り山笠紹介 合戦三方原(カッセンミカタガハラ) 三宅 隆 一五七二年(元亀三年)十月、遠江(静岡)三方ヶ原で対決した武田信玄と徳川家康の戦い。時の将軍、足利義昭より“信長討つべし”との指示を受けた武田信 玄は、三万五千の精鋭を率いて甲府を出発。遠江に入り二俣城を落とし...

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