博多祇園山笠振興会
博多人形師が丹精込めて作られた豪華絢欄な「飾り山笠」の公開で始まる博多山笠は、後半はグッと男っぽい。紅潮した男の肌に「勢い水」が浴びせられる。「オイッサ」「オイッサ」の掛け声も日増しに力強くなってくる。どの顔も緊張感にあふれて魅力的だ。「舁き山笠」が動き出すともう仕事どころではない。ただただ男達は目の色を変えて、この無償の行為に没頭する。「男の美学」がある、と言われるゆえんでありましょう。
博多山笠は、伝統と素晴らしい格式として、親から子へ、そして孫へと長きにわたり伝承されてきました。
その間、悪しき風習は切り捨てるなどして研ぎ澄まされたものだけを残し、時代時代に即した形として淘汰され、今日では期間中三百万人もの観客を動員する祭りとして更に発展を続けております。
博多山笠は、何を守り何を変えるか。常に伝統と革新の挟間で磨き続けられてきました。
歴史を継ぐ者は常に「伝統継承のための進化」が課せられております。 時が移り、歴史を刻む中で博多人、山笠人の視線の先は変わりません。
今年も安全に無事故で博多山笠を奉納し、博多の元気を博多山笠の素晴らしさを全国にそして世界に向かって発信したいと思っております。
福岡市の夏祭り・博多祇園山笠を運営する団体で、祭りに参加する全流(舁き山笠、飾り山笠)で構成しています。博多祇園山笠は戦前まで、山笠を建てる博多七流が順番で全体をまとめてきました。つまり、毎年繰り上がって”一番山笠“になった流が世話をしてきたのです。
しかし、戦後、新しい流の参加や、社会との接点が多くなるにつれて常設の組織が必要となり、博多祇園山笠振興期成会が誕生。昭和三十年、それを発展させた博多祇園山笠振興会の結成をみたのです。
発足当時から各舁き山笠から選ばれた本部員と、その年の各流総務で”総務会“をつくり、年五回、各流の山笠委員を交えた役員総会を開き、運営の細部まで討議して決定する仕組みです。
みなさまの支持のもと、祭りが「安全・安心」に遂行され、楽しい時間を共有することが振興会の願いであります。
公務(県会議員)多忙の中、二期四年にわたり最高責任者として職
務に励む。
「全国祇園山笠巡行」(平成6年/京都)などを通して「元気な博多」をアピール。 【中洲流】
「全国祇園山笠巡行」(平成6年/京都)などを通して「元気な博多」をアピール。 【中洲流】
自治の精神を大切に、各流間の融和に努めた。祭りの文化面を強調、サミット蔵相会合にも協力した。 【土居流】