【飾り山笠】十二番山笠 ソラリア

<<飾り山笠紹介
                                                                                            
表標題
道明寺丞相名残之段(どうみょうじじょうしょうなごりのだん)

人形師

西山 陽一

内容説明

『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)は菅原道真公(すがわらのみちざねこう)の後半生を浄瑠璃や歌舞伎に仕立てた物語で、その中の「丞相名残の段」は道真公自らが彫った木像が政敵の藤原時平(ふじわらのときひら)から差し向けられた刺客を退ける奇跡の話です。そして、この『菅原伝授手習鑑』は、『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』と並ぶ歌舞伎の三大名作の一つであります。また、この段は歌舞伎界の至宝、片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)(人間国宝)の得意演目のひとつとして広く親しまれており、大阪の道明寺天満宮には、道真公が木像を彫った時に使用したとされる小刀「犀角柄刀子(さいかくつかのとうす)」(国宝)が伝わっています

 

                                                                                       
見送り標題
筑紫君磐井(つくしのきみいわい)
人形師

下川 貴士

内容説明

筑紫君磐井は『日本書紀』『古事記』、『筑後国風土記』(ちくごのくにふどき)に登場する九州の頂点に君臨した豪族で、現在の福岡県八女市福島周辺を拠点にし、一族は前方後円墳に巨大な石造の武人や装飾した馬などを飾る独自の文化を持っていました。外交面では朝鮮半島の新羅(しらぎ)国と通じていたため、利害が対立していた大和王権と西暦527年(2027年で1500年)に戦となりました。「磐井の乱」という一つの内乱として物語られていますが、『日本書紀』は勝者が残した記録であり、磐井の活動は、この時代には大和王権と対立する文化や政治の対立軸が6世紀の筑紫(九州)にあったことを教えています。磐井の墓とされる岩戸山古墳(いわとやまこふん)にある岩戸山歴史文化交流館(八女市)では、さまざまな展示や企画により磐井の足跡を知ることができます。

 

 

 


 総務:荒牧 正道

広告協賛企業募集
当サイトへの広告募集博多祇園山笠公式ガイドブック・広告のお問合せ Facebook