諸葛亮孔明は西暦一八一年に誕生し、年の離れた兄には呉に仕えた諸葛謹、弟には同じく蜀漢に仕えた諸葛均がいる。 西暦二〇七年、まだ国を持たない劉備は「三顧の礼」により孔明を説得し、軍師として迎え入れ、孔明は魏(曹操)・呉(孫権)・蜀(劉備)と中国を三分する「天下三分の計」を説いた。 西暦二〇八年、大きな勢力を持っていた曹操軍が華北を統一しさらに領域を広げるべく、南下を開始した。孫権軍は曹操軍の脅威の前に降伏派と主戦派で対立していた。曹操軍に対抗するために孫権軍の力が必要と考えた孔明が孫権を説得した。そして曹操軍と孫権軍・劉備軍の連合軍の戦い、赤壁の戦いが長江中流の赤壁で開戦する。
