<<舁き山笠紹介 征夷大将軍頼朝(セイイタイショウグンヨリトモ) 中村 信喬 源頼朝(みなもとのよりとも)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍である。河内源氏の源義明の三男として生 まれ、父・義朝が平治の乱で敗れると伊豆国へ流される。伊豆で以仁王の令旨を受...
櫛田神社境内でのドローンの使用は禁止です。 公道及び人混みの中でのドローンの使用は遠慮して下さい。 安全確保のため、ドローンでの博多祇園山笠の撮影は、固くお断りします。 ドローン使用は発見次第、福岡県警に通報します。 博多祇園山笠振興会
福岡市では、「人に優しく安全で快適なまち福岡をつくる条例」により、天神・大名地区及び博多駅周辺地区が「路上禁煙地区」に指定されています。 また、市内全域で歩行中や自転車乗車中に喫煙しないよう務めることが定められています。 ※PDFでダウンロードできます。 路上禁煙地区 PDFの閲覧にはADOBE READER...
・櫛田入り ・法被 ・舁(か)く ・追い山笠 ・人形づくり ・棒洗い ・試し舁き ・子供山笠 ・追善山笠 ・標題 ・清道旗 ・地下足袋 ・直会(なおらい) ・博多手一本 ・小屋入り ・棒締め ・飾り付け ...
博多の祝い唄である祝い目出度はおもに祝いの席で唄われます。 通常は三番まで唄い、博多手一本で締めます。 櫛田入りでは一番山笠だけが一番のみを唄います。 また結婚式や祝いの席により歌う順番が入れかわることもあります。 祝いめでたの起源は、一説には伊勢音頭にあると考えられています。 自由に住んでいる地域(国)か...
<<飾り山笠紹介 至心一到和平基(シシンイットウワヘイノモトイ) 中野 親一 大阪冬の陣において戦功をたてた、若干二十歳の木村重成は、和平交渉の使者として家康と対峙し、その堂々とした若武者ぶりは周囲を圧倒した。自らの死を覚悟し兜の中に香を薫き込め出陣した 大阪夏の陣において華華しい討死を遂げた 愛...
<<飾り山笠紹介 美の国日本(ビノクニニッポン) 中村 信喬 四方を海に囲まれた日本は古来、外から入って来る文化を日本独自の文化とうまく融合させ、花開かせてきました。仏教伝来は、その象徴です。唐の初め、三蔵 法師は孫悟空、猪八戒、沙吾浄を伴い、仏法を求めてインドへ向かいました。苦難の旅路の末、中国...
<<飾り山笠紹介 祝博多乃連獅子(イワイハカタノレンジシ) 置鮎 琢磨 標題 「祝博多乃連獅子」(いわいはかたのれんじし)「連獅子」は、勇壮華麗な代表的な御祝儀舞です。本年度の博多祇園山笠の一番山笠の大黒流を祝いこの 標題と致しました。獅子には、我が子を千尋の谷に突き落とし、駆け戻って来た強い子だ...
<<飾り山笠紹介 竺紫乃雄磐井君(ツクシノユウイワイノキミ) 亀田 均 六世紀前半、北部九州で八女を本拠にする筑紫国造(筑紫君)磐井の軍と、継体天皇の命をうけた物部大連麁鹿火の率いる大和王朝軍が一年有余にわたって激突 した。そして継体二十二(五二八)年冬十一月。場所は筑紫の御井郡(久留米)軍旗と軍...
<<飾り山笠紹介 風雲桶狭間(フウウンオケハザマ) 置鮎 正弘 風雲桶狭間 尾張の小大名・織田信長が東海の雄・今川義元の大軍を破る大金星をあげ、戦国時代の大きな転機となった、日本の歴史上有名な戦い「桶狭間の戦 い」。永禄3年(1560)5月19日、正午頃、中嶋砦の前衛に張り出していた佐々政次、千秋...
<<飾り山笠紹介 真田十勇士(サナダジュウユウシ) 中野 親一 真田幸村は、真田昌幸の次男であり有名な武将である。江戸時代初期の大坂の陣では豊臣方の武将として活躍し、特に大坂夏の陣では、三千五百の寡兵を持って 徳川家康の本陣まで攻め込み、家康を追いつめた。後世に江戸幕府・諸大名家の各史料にその勇将...
