<<飾り山笠紹介 天下分目関ケ原(てんかわけめのせきがはら)) 田 中 勇 天下統一を成し遂げた豊臣(とよとみ)秀(ひで)吉(よし)の没(ぼつ)後(ご)、慶長(けいちょう)五年(一六〇〇年)九月十五日、早朝から霧(きり)が立ちこめるなか、徳川(とくがわ)家康(いえやす) 率いる東軍と石田三(いしだみつ)成(な...
飾り山笠は、7月1日から15日の午前0時頃まで福博の町、13ヶ所で公開される。 櫛田神社に向いた面を「表」とし、その後方を「見送り」と呼ぶ。 それぞれ 博多人形師による絢爛豪華な人形が飾られ、「表」には武者物、「見送り」には童話やテレビアニメが題材になることが多い。 以前は高さが16メートルあった山笠を舁い...
十数か町(旧町)を束ねた組織の呼称。 今では博多祇園山笠や博多松囃子といったお祭りで耳にするだけであるが、江戸時代を通して日常生活に密着した自治組織だった。現在の校区自治連合会に相当するといえるのではないか。 大陸貿易で栄えた博多は戦国時代、せめぎ合う大名、豪族の争奪の場となり、兵火に遭って焼け野原と化した...
<<舁き山笠紹介 辰巳風撃破赤壁(たつみのかぜ せきへきにげきはす) 西川 直樹 諸葛亮孔明は西暦一八一年に誕生し、年の離れた兄には呉に仕えた諸葛謹、弟には同じく蜀漢に仕えた諸葛均がいる。 西暦二〇七年、まだ国を持たない劉備は「三顧の礼」により孔明を説得し、軍師として迎え入れ、孔明は魏(曹操)・呉...
<<飾り山笠紹介 真正鷹全新(しんせいたかぜんしん) 中野 浩 一回壊して新たなチャレンジをする。新しい自分へと変わる勇気。前進を止めれば、退化が始まる。全身全霊で挑戦しなければ未来は手にできない。変わる勇気と変わらぬ決意。「全新」が始まる。 山崎合戦兄弟絆(やまさきかっせんきょうだいのきずな) 川﨑 修一 ...
<<飾り山笠紹介 此 以和為貴(これ わをもってとうとしとなす) 中村 信喬 西暦604年、聖徳太子は憲法十七条を定めた。その第一条は「和を以て貴しと為す」。当時は推古天皇の世。わが国は隋の煬帝に小野妹子を使者として送り、新羅の真平王からの使者は外交儀礼に則ってもてなした。交流を深めることが互いの理解を深め、...
<<飾り山笠紹介 源平箙の梅(げんぺいえびらのうめ) 中野 親一 1184年 源氏と平家の生田の森の合戦に、源氏の若武者 梶原景季は辺りに咲き誇る梅の一枝を箙(矢を入れる袋)に挿して戦場に赴いた。その典雅な風情を称賛する声が源氏方はもちろん平家の武者たちからも沸き起こった。 愛と勇気のアンパンマン(あいとゆう...
<<舁き山笠紹介 福海千尋深(ふくかいせんじんふかし) 人形司 武平 禅語「壽山萬丈高 福海千尋深(寿山万丈高く、福海千尋深し)」に拠る。長寿の山はどこまでも高く、福徳の海は果てしなく深い意。波濤、釣り竿、鯛がモチーフとしてあしらわれている令和八年の舁き山である恵比須さま。恵比須さまは、古くから海...
<<飾り山笠紹介 歌舞伎十八番 暫(かぶきじゅうはちばん しばらく) 小副川 太郎 正義の味方・鎌倉権五郎が、大悪党を懲らしめる痛快な歌舞伎です。罪のない加茂次郎と桂の前がピンチに陥った時に「しばらく~」の大音声。権五郎が颯爽と登場します。悪漢どもを大太刀でなぎ倒し大団円を迎えます。『暫』は歌舞伎十八番の一つ...
<<舁き山笠紹介 成就天下三名槍(じょうじゅてんかさんめいそう) 川﨑 修一 日本三名槍、古来より日本号、蜻蛉切、そしてこの結城秀康の御手杵の槍。刃長四尺六寸(139センチ)、重さ六貫目(22.5キロ)と云う巨大な槍で鞘は熊の毛皮を貼った手杵の形をしたこれも巨大なものである。家康の次男秀康は、長男...
<<舁き山笠紹介 笑門福ノ神(しょうもんふくのかみ) 溝口 堂央 今、世界をとりまく情勢は混沌としていますが、こうした時こそ前向きに明るく笑い合い福岡、博多の町に福ノ神を招きたいとおもいを込めて制作致しました。 総務:立岩 正則
<<飾り山笠紹介 決戦一ノ谷(けっせんいちのたに) 溝口 堂央 都を追われた平氏は神戸の山と海に挟まれた一ノ谷に陣を構えていた。背後の険しい断崖絶壁からは敵は来ないと油断していたところ源義経率いる精鋭騎馬隊の急襲に驚き混乱し多くの武将を失い海へ逃走。この勝利によって源氏の優位は決定的になっていった。 海幸山幸...
<<舁き山笠紹介 清浄心(しょうじょうしん ) 西山 陽一 水月観音菩薩は、自己を見つめることを通して、真の救いは 外に求めるものではなく、己の内にあることを示す、慈悲と 智慧の存在です。 水があらゆるものを映しながらも自らは染まらないように、 水月観音菩薩は世俗の苦しみを受け止めつつ、決して囚わ...
<<飾り山笠紹介 誉 蒙古合戦武勲(もうこかっせんぶくんのほまれ) 田中 勇 鎌倉幕府 執権 北条時宗の時、蒙古(元・今のモンゴル)が二度に亘り日本に攻めて来ました。幕府御家人や九州の武士たちは敵陣への先駆けや夜襲などを仕掛けて奮闘し、蒙古軍を撃退する事に成功します。 積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)...
