お知らせ

【飾り山笠】十六番山笠 新天町

<<飾り山笠紹介 龍王兎伝説(りゅうおううさぎでんせつ) 小副川 太郎 今から七百年ほど昔のこと。大応国師という禅僧が南宋で修行の末、悟りを開きました。帰国の際、峰でオオカミに追われた白うさぎを助けます。船に乗った国師は大嵐に見舞われました。うさぎが荒れ狂う海へ飛び込むと波はなぎ、平らな道に。うさぎは八大龍王...

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【飾り山笠】十五番山笠 ソラリア

<<飾り山笠紹介 合戦四條畷(かっせんしじょうなわて) 置鮎 正弘 「四條畷の戦い」は朝廷が南北二つに分かれて覇権を争った南北朝時代の正平三年/貞和四年一月五日(千三百四十八年年二月四日)に起きた合戦で、南朝方の楠木正成の嫡男、楠木正行と足利尊氏の家臣、高師直との戦いを描いています。四條畷は河内国讃良郡野崎(...

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【飾り山笠】十四番山笠 川端中央街

<<飾り山笠紹介 曾我の夜討(そがのようち) 中野 親一 曽我の夜討とは、建久4年5月28日(1193年6月28日)、源頼朝が行った富士の巻狩りの際に、曾我十郎祐成と曾我五郎時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を富士野にて討った事件。工藤祐経は、1176年10月、源頼朝も参加した、伊豆・奥野の狩り場から戻る途中...

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【飾り山笠】十三番山笠 キャナルシティ博多

<<飾り山笠紹介 龍虎決戦川中島(りゅうこけっせんかわなかじま) 川﨑 修一 戦国時代、甲斐の虎と呼ばれた武田信玄と、越後の龍と呼ばれた上杉謙信は、信濃の川中島で互いのプライドを懸けて対決した。中でも四度目の戦いは、信玄の本陣目掛けて謙信の単騎切り込みという戦国でもまれな戦いとなった。 音二郎一世風靡(おとじ...

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【飾り山笠】十二番山笠 博多駅商店連合会

<<飾り山笠紹介 家康太平志(いえやすたいへいをこころざす) 白水 英章 長い人生を歩む家康ですが今回は旗印として長く使われる「厭離穢土欣求浄土」に出会った頃の若き家康にフォーカス。 桶狭間の戦でのまさかの敗戦で主君を失い茫然自失の中この言葉に出会い再起を誓います。天下太平を目指すその姿を現在のコロナパンデミ...

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【飾り山笠】十一番山笠 福岡ドーム

<<飾り山笠紹介 鷹 鷹 鷹 躍動(おう おう おう やくどう) 中野 浩 “おう”!と明るく元気な掛け声で、全員全力でプレーしよう! しぶとく、粘り強く、勝つことにこだわって戦“おう”! ファンもチームも、すべての鷹が一丸となって、王(“おう&rd...

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【飾り山笠】十番山笠 渡辺通一丁目

<<飾り山笠紹介 智将勇躍の誉(ちしょうゆうやくのほまれ) 中野 親一 一一八五年四月二五日、源義経は壇の浦において平家と決戦を行った。 敗れた平家の猛将平教経は敵将義経を道連れにせんと強弓で狙ったが、義経は八艘の船を飛び移り難を逃れた。 平教経は入水しここに平家は滅んだ。 愛と勇気のアンパンマン(あいとゆう...

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【飾り山笠】九番山笠 天神一丁目

<<飾り山笠紹介 天下布武勲(てんかふぶのいさおし) 中村 信喬 織田信長は「天下布武」を掲げ、戦国の世の武力統一を目指しました。1568年、後に室町幕府15代将軍となる足利義昭を擁して上洛し、五畿(山城、大和、和泉、河内、摂津)の支配を強めました。家臣の柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀の4人は、天下人...

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【飾り山笠】八番山笠 上川端通

<<飾り山笠紹介 慶 歌舞伎十八番押戻(かぶきじゅうはちばんおしもど し) 田中 勇 歌舞伎演目「京鹿子娘二人道成寺」の一場面。 道成寺に新たに鐘が建立され、鐘供養の最中に二人の白拍子が現れ舞を舞う事で女人禁制の寺内へ入ることが許される。二人の白拍子は鐘へ飛び込んで姿を消し、やがて本来の蛇体の姿となった清姫の...

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【飾り山笠】四番山笠 中洲流

<<飾り山笠紹介 長政関ヶ原之勇(ながまさせきがはらのゆう) 中村 信喬 関ヶ原の戦いの直前、東西の勢力図は混沌としており、諸大名も東軍(徳川家康軍)と西軍(石田三成軍)の何方に付くか、選択を間違えれば家が滅びることとなり、慎重になっていた。東軍・西軍共に「第三勢力」を自陣営に引き入れ、また寝返りを防ぐことが...

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【飾り山笠】三番山笠 東流

<<飾り山笠紹介 真田十勇士(さなだじゅうゆうし) 白水 英章 信濃国(今の長野県)の戦国大名、真田信繁(通称幸村)は、大坂冬の陣・夏の陣において、真田丸と呼ばれる出城を築き、少数ながらも豊臣軍の中心となって大活躍をいたしました。この際、幸村は『猿飛佐助』『霧隠才蔵』などで有名な、忍者集団の「真田十勇士」を結...

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舁き山笠紹介(令和五年度)

 十数か町(旧町)を束ねた組織の呼称。 今では博多祇園山笠や博多松囃子といったお祭りで耳にするだけであるが、江戸時代を通して日常生活に密着した自治組織だった。現在の校区自治連合会に相当するといえるのではないか。 大陸貿易で栄えた博多は戦国時代、せめぎ合う大名、豪族の争奪の場となり、兵火に遭って焼け野原と化した...

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【舁き山笠】七番山笠 恵比須流

<<舁き山笠紹介 青天白日怒雷奔(せいてんはくじつどらいはしる) 人形司 武平 白日の上る青天に突如として響きわたる雷鳴。それは、見るものすべてを置き去りにする目にも留まらぬ心のはたらきを表しています。源頼光といえば、やはり大江山での酒呑童子退治が有名です。鬼たちの酒宴に混ざり、一瞬で討ち取ったそ...

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【舁き山笠】六番山笠 千代流

<<舁き山笠紹介 日輪幸慶博多照(にちりんこうけいはかたをてらす) 川﨑 幸子 「母の国へ行きたい。」と泣き喚き、父のイザナギから国を追放されたスサノオは、姉のアマテラスに会うために、高天原に登ってきた。 たちまち山や川、国土全て鳴りどよめいた。驚いたアマテラスは髪を「みずら」に結い、髪や両手に勾...

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【舁き山笠】五番山笠 西流

<<舁き山笠紹介 強弓一箭裂鬼神(ごうきゅういっせんきじんをさ く) 西川 直樹 源為朝は、1139年源為義の八男として生まれ、のちに平氏を滅亡させる源頼朝、義経の叔父にあたります。身長は2m以上。左腕は右腕より12cm長かったと伝わります。正に強弓を使いこなせる体格と云えます。幼い時から乱暴者で...

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